2012年9月6日木曜日

マレーシア クアラルンプール旅行の記録(4)

※以下は2010年10月の記録 

 さて博物館に行こうということでまたもタクシーに乗ることに。シンガポールでも感じたことだけれど、タクシーの運ちゃんと喋ると色んな視点が発見できて楽しい。今回拾った運ちゃんはこてこてのムスリムっ子。マレー系マレーシア人。ムスリムがムスリムを根本的にどう考えているのかがよく分かりました。
 「ムスリムとは自然の法」である。なんというかこういうのを理屈ではなく感覚で絶対的に信じているのが新鮮に驚き。運ちゃんはとにかく西洋人ファックなテンションで、自転車乗ってる白人を指差して。「見てみ、あいつはゲイやな!」とぶちまける(笑) 「シンガポールにはゲイがめっちゃおんねん。知ってるやろ? (ここで僕同意) やろ?w 誰かが笑いかけてきたとするやろ。マレーシアやったら俺も笑い返すわ。フレンドリーやしな。でもあかん。シンガポールで笑い返してみいな。そんでお前の人生おしまいや (ここで僕爆笑)」 なんでここでゲイの話になるかと言うと、イスラム教が同性愛を厳しく禁止しているから。男と男が結婚しても子どもが出来ない。もしみんなが同性愛になったら人類は滅亡する。だからこれは「自然の法」なんだって言う。そう断言されたら僕としては何もいうことはないので「なるほどねー」と答えておいた。

 そんなこんなで国立歴史博物館に到着。


 なんか小学生の遠足みたいな集団が大勢いるなあとキョロキョロしていると、マレー人のおっさんから声をかけられました。なんか写真を撮ってくれというのでパチリと。それでさよならのつもりが、なにか知らぬがニコニコして話しかけてくる。どこから来たのか、何しにきたのか、やけにフレンドリーだ。僕としてもフレンドリーはウェルカムなのでニコニコおしゃべりを続けてみた。おっさんの隣には女の人が二人立っていた(一人はおっさんの妹、もう一人はその妹の娘)。
 日本人だということを告げるとおっさんは嬉しそうに、妹は日本に住んでたんだよと言いはじめた。ほうと思って隣のおばさんを見ると、怪しげな片言日本語で話してきた。うーむ、怪しいが大丈夫か? それで僕が大阪出身だと言うと今度はなんと、おばさんは関西で働いていたのだと言う。その上なんと、そごうで働いていたのだと。嘘に決まってるやろ! と心の中で叫びつつ「へえ、すごいですねえ」なんて受け答えする大人な僕。そごうは落ちぶれたとは言え高級百貨店。そこで外国人が働くとしたら相当に日本語力が無いとダメだろう。

 とは言えそんな怪しげな話も楽しんでいたところ、おっさんが「家に来ないか?」と言い始めた。昼食をご馳走してくれて、色々おしゃべりをしてくれるらしい。これはめったにない経験のチャンスとばかりに少しばかり考える風にして了承。ここまで読まれた方はなんと無茶なとお思いでしょう。大丈夫。最初から有り金全部奪われるくらいの覚悟はしています LOL(laughing out loudly)

 タクシーに乗り込んで出発。途中、買い物もしました。



 これは途中で気づいたことなんですが、おっさん達は僕のカメラに写ることを避けていました。最初向こうから一緒に写真を撮ろうと言ってきて、おっさんのカメラで写真を撮りました。それではと僕もカメラを差し出したら僕一人が撮られました(笑)。家に到着したときも写真を撮っていいかと聞いたら「後で後で」と言う。さすがに気づいたので、以降は撮影を控えることに。懸念を持たれるのは避けたかったので。
 家に着くと別の太ったおっさんが待ち構えていました。この太ったおっさんもやけにフレンドリー。そして何故かそのおっさんと一対一で会話する雰囲気に。そのおっさんも経歴がすごい。今はマレーシアにあるカジノでディーラーをやっているのだと言う。それだけなら僕も「へえー」という感じで特に疑わない。それがどうも昔はラスベガス、イギリス、オーストラリア、マカオと世界中でディーラーをやっていたといい始める。そして極めつけ、ブラックジャックで"100%”勝つ方法を教えてくれると言う。あまりの大ぼらに笑いそうになるがそこは我慢。とりあえずお昼ごはんをご馳走になる。


 見たとおり、ご飯、野菜、魚である。極めてささやか。しかし期待をいい方向に裏切って、けっこう美味い。マレー家庭のシンプルな味付けに舌鼓。
 食後の紅茶もいただき満足したところで太ったおっさんが近づいてきた。そこで僕はニコニコしながら間髪要れずに一言。「最初に断っておきますけど、僕はギャンブルしませんから」 おっさんの顔がけわしくなり「ああん?」と。ひるまず繰り返し「ギャンブルはしません」。するとおっさんはニコニコしながら「OK、OK」と笑って僕にソファに座るよううながしてくれました。それ以降の空気は「微妙」の一言に尽きる。
 おっさんは僕からギャンブルでカモにするのを早々に諦めたのか、帰りたいところまで送ってくれると言う。この時点でもちろん当初の“楽しくおしゃべり”はお流れである。全員が本音を隠して必死に建前でやり取りをしている様がまったく滑稽だった。

 しばらくしてまた別の人間が運転する車がやってきた。最初にあったおばさんと娘も付いてくる。妹を迎えに病院に行く、らしい。
 おばさんが左の助手席、その真後ろに娘、娘の隣に僕である。車が走り出してすぐ、おばさんが「50MYR(1250円)払え」と言ってきた。こちらが何故と聞く前に、僕を博物館にまで送るためのガス代だと言い訳をする。言い訳がなければ大人しく支払っていただろう。だがそういう言い訳が入ったので僕は笑って「高すぎるよ」と言ってやる。するとおばさんは「じゃあ30MYR(750円)」と言い始める。まったく馬鹿にされたものだとため息をつく。「いいかい。僕はタクシーに乗って、15MYR(375円)だったんだ。ガス代に30MYR(750円)は高すぎるだろう」と言い返した。そしたらおばさんは落としどころを探るように「じゃあ20MYR(500円)で」と言う。僕は苦笑しつつ、「まあいいよ」と答えた。本気で脅されたらこっちに勝ち目は無いのに、その小悪党っぷりに笑ったのだ。
 んでしばらく走っていると急に閑散とした場所に停車した。そしておばさんが「これから病院に行かなきゃいけないから、電車で帰ってちょうだい」ときた。僕としてもそろそろ彼らから離れた方が身のためと感じていたので即座に了承した。別れ際に娘さんが「ごめんね」と言ってきた。その場の流れでは「こんなところに置き去りにしてごめんね」という意味だったが、僕はそこにもう少し深い意味が込められていたように感じた。道中、娘さんとはよく話した。普通に出会っていれば仲良くなれたろうにと思うと残念である。ちなみに20MYR(500円)は払わずに済んだ。


 せっかく駅に置き去りにされたのだから、マレーシアで初めての電車に乗ることにした。切符の購入窓口でマレー系の美人さんから切符を買う。買ったときに「マカシ(ありがと)」と言うとにっこり笑って「サマサマ(どうしたしまして)」と言ってくれた。癒されました。

 次回の日記はもう少し落ち着いた旅。博物館で見たマレーシアの歴史です。

マレーシア クアラルンプール旅行の記録(1)
マレーシア クアラルンプール旅行の記録(2)
マレーシア クアラルンプール旅行の記録(3)
マレーシア クアラルンプール旅行の記録(4)
マレーシア クアラルンプール旅行の記録(5)
マレーシア クアラルンプール旅行の記録(6)

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